2023年も印象に残る企業の不祥事や炎上事案がありました。
近年の不祥事は社内外の告発から認知されるケースが増えている印象を持ちます。
法令を遵守しない企業姿勢や、発注先に圧力にかける商習慣、これらに見直しを迫ることで、ビジネスの現場に健全な価値観が浸透する流れは今後も加速するように思います。
その一方、SNS普及や多様性理解が進むことで、自らが嫌だと感じることに異を唱えやすくなった傾向もあり、思わぬ炎上等で企業が不当な不利益を被るケースも散見されるようになっていると感じます。
2023.12.11号の日経ビジネスでは「炎上防止の新流儀」と題して、不祥事発覚後の不手際がもたらす炎上事態にどう対処するかを切口とした特集が組まれており、炎上のパターンを
・(企業の内部などから不祥事を告発する)内部告発型
・(法令違反が原因の)直接型
・(同業者、取引先や消費者など外部から発覚する)外部発覚型
・(モラルなどに問題があるとして批判や非難が集まる)間接型
の4つに類型化して紹介していました。
筆者も企業広報の経験があるため興味深く拝読しましたが、中でも印象に残ったのが「間接型」のパターンでした。
メディア環境が変化した影響で、さまざまな反響がダイレクトに企業へ届くようになった現在、企業広報は予測できない所からの攻撃に備えることが必要となっています。
これらの対応は今も昔も危機管理広報の一業務ですが、対応を間違えるとブランド価値に悪影響が及ぶケースもあり、傾聴に基づく戦略的な方針設定と対応が以前にも増して重要なことに気づかされた次第です。
企業理念に基づく意思表示によって、社会を納得に導く
同記事では、間接型炎上をうまく乗り切ったケースとして「スープストックトーキョー(Soup Stock Tokyo)」の例を紹介しています。
スープ専門店のスープストックトーキョー(東京・目黒)は23年4月、「離乳食(後期)の無料提供を全店で行うことになりました」とXで発信して話題になった。3000万件を超える閲覧があり、ネット上では賛否の声が飛び交った。「お一人様を大事にしない店だ」「店内がうるさくなる」という厳しいコメントも相次いだ。
騒動に対して、スープストックトーキョーは次のような見解をウェブサイトに掲載した。「私たちスープストックトーキョーの企業理念は、『世の中の体温をあげる』です。」「その理念のもと、さまざまな理由で食べることへの制約があったり、自由な食事がままならないという方々の助けになればと『Soup for all!』という食のバリアフリーの取り組みを推進しています。」
(中略)
そして最後には「お客様を年齢や性別、お子さま連れかどうかで区別をし、ある特定のお客様だけを優遇するような考えはありません」と毅然とした態度で意思を示した。
こうした強いメッセージを出したことが奏功し、消費者から「確固たる信念を埋め込む良い文章だった」「今回の対応でファンになった」と支持を得る結果となった。
<日経ビジネス2023.12.11>
外部からの予想外の批判に対し、企業理念に基づく考えを説明することで事態の沈静化とブランド価値の維持を導いた好例と言えます。
すでに多くの方から言われていますが、企業理念の存在は、いざという時に進むべき方向を決める道標になります。(最近は企業理念をパーパスと言い換える場合も増えています)
良し悪しに関わらず何らかの取り組みで社会と向き合う際に、顧客が求める解決・安全安心に対する指針を示していること、これは企業理念から始まります。
特に近年では、ブランドが顧客に与える価値が「品質」「憧れ」に加えて、「顧客が日常で大切にしていることの実現」に伴走できる存在であること、より身近な相手であることを含むようになっています(*ブランドのタイプによりますが)。
食品や医薬品など日常的に接することの多い商品ブランドの場合は、顧客関係を築くことでブランドスイッチは減り、顧客とのコミュニティも生まれやすくなります。
その段階に入れば、ファン顧客も企業理念や商品哲学への理解が深まっていると思われます。
評判を築くための土俵をつくる
一方で、当然ながら企業理念をつくれば全てがうまくいくわけではありません。
先の日経ビジネスでも、次のような記述があります。
そもそも間接型炎上の発生を防ぐことはできないのだろうか。(企業の炎上事例に詳しいレイ法律事務所の)佐藤大和弁護士は「答えはノーだ。近年は予測できない観点から批判が生まれることもある。炎上をどのように防ぐかということよりも、炎上した後の対応が重要だ」と強調する。
(中略)
横浜商科大学の田中辰雄教授は「企業は、ある程度の炎上をリスクとして織り込む必要がある」と語る。万全の「消火」準備と揺るがない信念があれば、たとえ当事者になったとしてもピンチをチャンスに変えられるかもしれない。
<日経ビジネス2023.12.11>
予期しない批判・風評からの影響をどう最小化し、社会との繋がりを強化するか。
この対応はレピュテーション・マネジメント(評判管理)と呼ばれるものですが、「批判の発生確率を抑えること(=予防)」と「発生時の影響に備えること(=準備)」という二つの観点から、様々な事態を予見して行動計画を立てる作業が求められます。
また、ある時点で社会への発表も必要視されますが、「正しいことや専門的なことを言えば受け入れられるとは限らない」という難しさがあります。
すでに議論・憶測レベルの話が出るようになった状況では、どのような筋立てで見解を示すのが正解か、が(当事者である企業も含めて)判断しにくくなるからです。
リアルタイムに世論を見ながら、社会が納得を求めるポイントを見極めて説明できるようにすること。
言い換えると「評判を築くための土俵」を間違えずに用意しないといけません。
また、その時は専門的見地に立った言及よりも、顧客や世論が気にしている点に回答するスタンスを取って共感を得られるような筋立てで説明を尽くすことが、企業の評判を下げない方法と言われています。
ブランドは顧客や社会との「約束」という側面もあり、約束がない状態でブランドが成立する例は聞いたことがありません。
約束を守る起点にあるのは企業と人材であり、これがインナーブランディングの重要性を意味しています。
加えて評判のリスク管理には正解がないため、どのような場合であれ、解決策へ通じる信頼のプロセスを確立することが必要です。
必要によっては専門家のような第三者と連携して新たな炎上の火種をなくす、ステークホルダーを巻き込むことなく自社の問題として向き合う姿勢を貫く、などの対応で責任感を持った行動を見せることも必要です。
守りの広報体制そのものがブランド・ケイパビリティになる
考えられた企業理念に基づく行動、またレピュテーションマネジメント(評判管理)を見据えた戦略的な広報活動は、ブランド価値を拡大する「攻め」ではなく、ブランド価値の毀損を最小化・未然化する「守り」の取り組みになります。
予期せぬ荒波に対処できるよう組織レベルで戦略的広報スキルを持つことは、ブランドを支える実質的な力(ブランド・ケイパビリティ)であり、その根拠になるのは企業理念と直結している「嘘のない姿勢」です。
筆者が勝手ながら広報業務のバイブルとして読み続ける書籍に「『評判』をマネジメントせよ」があります。
レピュテーションマネジメントの要諦を数々の事例に基づいて解説する本書は、2011年発行とやや時間の経った著作ではありますが、現在においても示唆に富む箇所が多い名著です。
「企業にとって、業務上・財務上のリスク、さらには法務上のリスク(のかなりの部分)を外部移転することは可能だが、評判のリスクを外部移転することはできない」のである。
(中略)
ブランドが「約束」であるのなら、その約束が破られたように見えたとき、顧客は裏切られたと感じることになる。たとえ約束を破る結果になった行動が、厳密にはその企業の統制の及ばないところにあったとしても。
<ダニエル・ディアマイヤー著「評判はマネジメントせよ」 発行:阪急コミュニケーションズ>
前項にも記しましたが、評判再建には社会の認識が形成されるプロセスを理解する必要がありますし、不祥事や炎上の際に問われるのは、企業の姿勢と能力に加えて「解決する」ことへの熱量です。
特に、日頃多忙で時間そのものを資源と考えるマネジメント層にとって効率的な行動・判断は必須であることが理解できる一方、非常時に企業価値をプラスの方向へ導くのは、彼らの(時間にとらわれない)積極的かつ非効率な取り組みであり、それが社会に伝わるほど、レピュテーションは下がらないといった逆説があります。
炎上事案などの非常時について、企業はどのような対応で顧客の信頼を得、またブランド価値を毀損せずに済むか。
そのノウハウを持つ組織は、企業を守る意味でブランド・ケイパビリティを有しており、ブランド価値の維持に貢献しているのです。
【POINT】
- 企業理念は、良し悪しに関わらず社会と向き合う際に、顧客が求める解決・安全安心に対する指針を示す起点となる
- 評判のリスク管理には正解がないため、解決策へ通じる信頼のプロセスを確立すること、世論を見ながら社会が納得を求めるポイントを見極めた説明が大事である
- ブランディングには「攻め」と「守り」それぞれのアプローチがあるが、組織レベルで「守り」を遂行できる戦略的広報スキルはブランド・ケイパビリティそのものである