書籍・雑誌・新聞はおよそ20年以上前から販売額の減少が続いており、その結果、出版業界の低迷に繋がっていると言われています。
近年は電子出版の売上が増加傾向ではあるものの、業界全体の流れは楽観的とは言えなさそうです。
そんな中、今秋には旅行ガイドブック「るるぶ」「地球の歩き方」、そして科学雑誌「ニュートン」の動きが立て続けに紹介されました。
今回は「るるぶ」にフォーカスして所感をお伝えさせていただきます。
るるぶが旅行以外の分野を紹介するガイドブックの作成に力を入れている。転機はコロナ禍だ。旅行需要と共に、そのお供であるガイドブックの需要も蒸発。2010年には「発行点数世界最多の旅行ガイドシリーズ」としてギネス世界記録に認定されたが、「最悪期には売り上げの95%が減少した」(盛崎宏行社長)。
1973年の創刊以来の危機に直面したが活路を見いだしたのが、病院や学校、ゲームなど観光地以外のガイドブックだ。
非売品は「るるぶ特別編集」として2011年から手掛けていたが、展開を加速。22年後半からは企業案内を本格的に始めた。
<日経MJ 2023年10月4日 *以下、同>
最悪期には売り上げの95%が減少した「るるぶ」
「るるぶ」は、旅行会社「JTB」の出版部門(子会社)であるJTBパブリッシングが1973年に発刊した雑誌を起点とする、旅の情報誌です。
すでに50年の歴史があり、親会社のJTBをはじめとするグループ会社は「旅」を軸としたサービス展開で39か国・地域、143都市、508拠点*と大きな規模を有しています。
(*JTBパブリッシングHPより)
多くの旅行者が “行ってみたい” と思う世界の名所、またローカルならではの場所を半世紀に渡って取材・紹介してきた経緯から、コンテンツとしてのストックは簡単に模倣できるボリュームではないように思います。
しかし、それも旅行が普通にできる前提での話。
新型コロナウイルスによって、これまで普通にできたことが足止めを喰らいました。
旅行だけでなく、外食や映画館などのレジャー然り、この期間に学生だった方は修学旅行や合宿などを体験できなかった方が少なくないかもしれません。
当然、旅行情報誌にもその影響は及びます。
「最悪期には売り上げの95%が減少した」というのは、大ピンチどころの話ではなかったくらいに大変だったと推察します。
生き残りをかけて挑戦したのは、病院や学校のガイドブック制作でした。
情報編集・誌面デザインのリソースを活かしてB to B領域へ進出
作成には旅行ガイドで培われたノウハウが生かされている。制作スタッフは社内の営業担当者と編集者に加え、外部のライターやデザイナーなど計5〜6人。費用は案件による。
「クライアントの要望に対し、『るるぶ』らしい見せ方・誌面展開を提案しながら構成を検討している」(JTBパブリッシング)
これまでの「るるぶ」は、親会社も含めて “旅” を軸に事業展開してきました。
その結果、世界中にネットワークを持ち、他社の追随を許さない規模にまで発展したことで、最大手としてのステータスを獲得しました。
コロナからの生き残り策として、事業展開先を別の方向にも模索し始めます。
旅の情報誌として、”旅行者” いわゆる B to C向けのビジネスを展開していた「るるぶ」でしたが、コロナの影響から、学校や病院のための情報誌を手掛けることを始めます。
これは事業領域をB to Bにも広げたことを意味します。
“情報を編集する”ことで情報誌を作成していたので、同じ要領で出来るはずだと考えたものと思われます。
その結果、新たなクライアントからの反応も上々だったようです。
「誌面構成、撮影時のライティング、写真、すべてが非常に丁寧でこだわりと安心感があった」
「るるぶに依頼したことで『ポップさ』が加わり、魅力あふれる内容になった」
「他校から「どうやって制作したのか」と問い合わせがあるなど、大きな反響があった。」
筆者にも覚えがありますが、個人であれ企業であれ、自分のことを説明するのは案外一番(に近いレベルで)難しかったりします。
学校や病院に限らず、企業の場合も自社のことをどう伝えるか、という時にはいろいろと考えてしまいますし、言葉の使い方をはじめ、一つ一つ見直す作業が待っているものです。
そういう時にサポートしてもらう先としては、広告代理店や(採用活動の場合は)就職関連情報誌などが思い当たりやすいですが、多くの企業を相手にしてきた経験があるからこそ相談を引き受けられるのと同時に、自社のことを客観的に説明するのは難しさが伴うのかも知れません。
「るるぶ」は”旅行ガイドで培われたノウハウ”を活かして、学校や病院の紹介に加えて周辺地域の魅力を加えた情報誌を巧みな技術で作成します。
その手腕が評価を受け、B to Bのニーズを掘り起こすことに成功したと言えます。
旅行サービス業として持つ歴史・規模ではなく、「(雑誌を作る)編集力」が顧客の求めているニーズに合致したことがポイントです。
新しいブランド定義「あらゆる組織のための魅力編集メディア」へ
「我々のコアコンピタンス(中心的な競争力の源泉)」は一つ一つのコンテンツ。そしてターゲットに向けて編集する力だ。例えば沖縄県に来る人に対してガイドブックをどう見せるか。その人たちがカップルなのか家族なのかによって求められる編集が違う。ただ、るるぶでは全てのターゲットに向けて情報をお届けできる力があると自負しており、その編集力が生かされている(盛崎社長)」
制作スタッフは5〜6人、とありましたが、そのチームでコンテンツ作りから撮影、コピーライティング、デザインまでできる、というのであれば、社内広報部を使うよりも時間とコストの面でメリットがある、と判断する先も多くあるのでしょう。
そして、この “最初から最後までワンストップで任せておける のが「るるぶ」の強みであり(もちろんクライアントも監修すると思いますが)、編集力と共に「るるぶ」というブランドを新しい事業領域に導いたケイパビリティ(ブランドを支える実質的な力)であると言えます。
コロナ禍は落ち着いてきたが、こうした事業に今後も力を入れる方針で、盛崎社長は「月1冊は出版したい」と意気込む。市販のガイドブックを除く、会社案内などの非売品や飲食店、デジタルなどの事業が売上高に占める比率は19年度に25%だったが、22年度には28%に。28年度には40%に高める計画だ。
旅の重要な体験である「見る・食べる・遊ぶ」からネーミングされた「るるぶ」ですが、 “ 新基軸のるるぶは『知る・つくる・学ぶ』を打ち出している(盛崎社長)” とあり、“旅の情報誌”としてだけでなく、”あらゆる組織のための魅力編集メディア” へと「るるぶ」というブランドの定義を更新し、ビジネスの幅を広げました。
その成否は時間が証明しますが、少なくとも自社固有のリソースを活用して新しいマーケットでのブランドづくりをスタートさせたことは間違いなく、企業や自治体、そして学校・病院などの広報チームからの相談が増えることが予想されます。
【POINT】
- るるぶは、ブランドを支える実質的な力(Brand Capability)である「編集力」を活用して、B to CからB to Bへと新たなマーケット展開を始めた
- 自社を魅力的に紹介できない企業などに対して、丁寧でこだわりのある紹介資料をワンストップで作成できることが新たなニーズを生んだ
- るるぶは、旅行情報誌の名前としてではなく、”あらゆる組織のための魅力編集メディア”という意味でブランドを進化させ始めており、B to B領域を含めて新たなブランディングを推進するものと考えられる