変化する出版業界(3)Newton

書籍・雑誌・新聞はおよそ20年以上前から販売額の減少が続いており、その結果、出版業界の低迷に繋がっていると言われています。
近年は電子出版の売上が増加傾向ではあるものの、業界全体の流れは楽観的とは言えなさそうです。

そんな中、今秋には旅行ガイドブック「るるぶ」「地球の歩き方」、そして科学雑誌「ニュートン」の動きが立て続けに紹介されました。
今回は(1)(2)に続き、大手科学雑誌「Newton」にフォーカスして所感をお伝えさせていただきます

朝日新聞出版は5日、科学雑誌「Newton」を発行する出版社「ニュートンプレス」(東京都文京区・高森康雄社長)の全株式を同日付で取得したと発表した。同社は民事再生を経て債務を返済中で、今後は朝日新聞グループに加わることになる。
Newtonは1981年創刊の月刊誌。「科学の面白さをわかりやすく伝える」を理念に、イラストや写真を多用した誌面で、科学ファンから支持されてきた。部数は8万5千部で、科学雑誌では国内最大だという。
(朝日新聞デジタル 2023年10月5日)

科学系雑誌で圧倒的な強さを誇っていた「Newton」

2024年には民事再生債権を完済予定と言われている科学雑誌「Newton」は、40年以上の歴史を持つ一般向け科学雑誌。
1980年代には科学雑誌ブームの火付け役にもなり「学校の図書館にある科学雑誌」としても親しまれてきました。
独特の表紙デザイン、またクオリティの高いイラスト・写真で知名度は高いものの、出版業界全体の低迷を受けたこともあり、規模縮小が続いていました。

ニュートンは1981年創刊の一般向け科学雑誌だ。質の高い写真や精細なイラストを駆使し、わかりやすさとビジュアルにこだわった誌面は年齢を問わず根強い人気を誇る
直近の発行部数は約8万1000部。同じく月刊の科学雑誌『日経サイエンス』(日経サイエンス社)の1万8000部、『科学』(岩波書店)の6000部と比べても規模が大きい。
だが、かつて15万部以上あった部数は、出版不況のあおりを受け年々減少が続く。
(Newspicks 2023/11/14 【直撃】朝日新聞が「今さら」科学誌ニュートンを買収した狙い)

本件ニュースリリースを読むと、朝日新聞出版には2008年から刊行を始めた「科学漫画サバイバル」シリーズがあり、そちらはシリーズ累計発行部数が1400万部を超え、15年にわたって科学を愛する多くの子どもたちに読まれてきた、とあります。(朝日新聞出版プレスリリース 2023.10.5)
朝日新聞出版も、長い間科学系の出版活動を行なってきたことがわかります。
同じ科学雑誌マーケットにいることから、「Newton」の強さは肌で感じていたのでしょう。

「Newton」のケイパビリティに基づく、互いの思惑が一致した合併

「Newton」の大きな魅力として、自社でイラストレーターを雇用し、カメラマンへの報酬も良いことから生まれる”ビジュアルのクオリティ”が挙げられます。
実際、「Newton」ではオリジナルグラフィックの有償提供、科学技術系パンフレットのデザイン・作成なども事業化していたようです。
ニュートンプレスの高森康雄社長のコメントに次のような内容があります。

中学生でもわかることをコンセプトに、科学のわかりづらい部分をイラストで描写したり、高品質な写真を使ったりして見せる工夫を、当初から編集方針としてきました。
専門的な雑誌ではないので、あくまで一般の人が教養プラスαの情報として読み、科学リテラシーを養う。そういったことを目的とした読み物です。
(Newspicks 同記事より、ニュートンプレス高森康雄社長のコメント)

「科学漫画サバイバル」シリーズは子ども向けに、そして「Newton」は中学生から大人までを対象にした科学雑誌です。
出版市場が縮小していると言われる中、科学雑誌マーケットのシェアを広く獲得しようという狙いがあったと推察できます。

朝日新聞出版は、シリーズ累計で1400万部を突破した『科学漫画 サバイバル』シリーズを出しています。小学生に非常に高い人気があるのですが、中学生になった後に引き留めておくコンテンツがないんです。
(Newspicks 同記事より、朝日新聞出版の市村友一社長のコメント)

当然、朝日新聞本体は歴史があって規模も大きな科学部(現・科学みらい部)を持っている。そして、朝日小学生新聞、サバイバルシリーズがあり、ニュートンが加われば、小学生からおじいちゃんまで垂直的に取り込んだ1本の線になる。
様々な年代層やセグメントをカバーできる科学メディアになるのではないか、と。
(Newspicks 同記事より、ニュートンプレス高森康雄社長のコメント)

両者が手を組んだグループ化は、いわゆるM&Aのプロセスを経て実現されています。
M&Aは友好的または敵対的と買収事情もさまざまですが、今回は(本稿執筆時点において)友好的なものと見えます。
売却側にとっては「事業の再生・発展」「後継者問題の解決」、買収側にとっては「既存事業の強化」「新規事業への参入」が主な理由となりますが、今回のM&Aは双方のメリットが分かりやすく、世間を賑わすようなザワついたニュースになっていません。

また「Newton」側も民事再生の最中にあるものの、ビジネスモデルに不安要素がないことがM&Aをスムーズにしたものと思われます。
次の引用はやや長いですが、大事なポイントと考えています。

月刊のニュートン、ムック本の「ニュートン別冊」の他に、4年前からは書籍も始めました。
子ども向けや一般向けの文庫本、図鑑や翻訳本も出していて売れ行きは好調です。
基本は月刊誌があって、再編集した別冊を出し、そして書籍にという流れができている。
雑誌の売り上げが落ちても、書籍の方でそれをカバーできるのです。
(中略)
別冊などの売り上げが入らなくても、月刊誌の売上だけで入金があれば会社は回っていた。別冊の売り上げは、原価を引けば純粋に利益になる。月刊誌だけで従業員を維持できたのです。
また、広告がほとんどないので、広告主に逃げられてしまうということもない。
非常に収益性の高い雑誌です。民事再生以降、コロナ前の最盛期には営業利益率が30%にまで上がりました。(※出版業界では大手でも10%台)
コロナで落ち込みましたが、今は20%近くまで回復してきていて、また30%台を目指せるようになってきています。
(Newspicks 同記事より、ニュートンプレス高森康雄社長のコメント)

つまり、「Newton」は業界の中でも高い利益率を持つブランドだったことが分かります。
それを可能にしていたケイパビリティ(ブランドを支える実質的な力)に「自社でイラストレーターを雇用し、カメラマンへの報酬も良いことから生まれる”ビジュアルのクオリティ”」を作る内製化された制作体制、そして「民事再生計画案を説明した際に気付いた盤石な顧客基盤(高森社長)」があったと言えます。

朝日新聞出版の市村友一社長のコメントに
「ニュートンには理系のトップレベルの人材がいる。我々がほしくても採れない人材です。」(Newspicks 同記事)があり、買収側から見ても「Newton」の人材は魅力的であり、誌面のクオリティだけではない可能性を想像しているのかもしれません。

子供から大人までを対象にした、良質の科学情報系雑誌ブランドへ

さて、世は少子高齢化が進み、国内の人口は減少が進んでいます。
その反面、子どもの教育にかけるお金は年々増加傾向にあります。

子供の数と一人当たり一人当たりの年間教育費の推移

1980年代以降子どもの数が右肩下がりなのに反し、子ども一人当たりの年間教育費は年々増加。 1990年代前半には30万円未満だった年間教育費が、2017年には37.1万円と10万円以上も増加しています。さらにこれは年間の数値なので、子ども一人当たりの通算の教育費の増加は、この30年で100万円以上上がっていると考えられます。

また、近年は小学生や中学生が大人になったらなりたい職業として、学者/研究者の人気が上昇しているようです。
好きなこと(研究)をする、SDGsの影響からか世の中の役に立つ研究をしたい、と志す子どもたちが増えている、とレポートする調査機関の発表もあります。

出典:データのじかん「少子高齢化の時代、子ども一人あたりの教育費は増えた? 子育て世帯の気になる教育とお金の事情をデータで観察」
https://data.wingarc.com/education-cost-per-child-45718

出典:第一生命保険株式会社プレスリリース
「第34回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表
https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2022_071.pdf


子どもの教育にお金をかけたい親御さん、そして将来は学者・研究者になりたいお子さん、それぞれを繋ぐメディアとして科学系情報誌は大きくはないマーケットかもしれませんが、良質のコンテンツを提供することで底堅い需要が見込め、またその関心は大人になっても継続されるのであれば、今回の両者のグループ化は可能性ありなのだと推測する向きも多いのではないでしょうか。

「様々な年代層やセグメントをカバーできる科学メディア」とありましたが、他メディアでこれを推進するとしたら、従来の出版業界ではなく教育業界かもしれません。
ですが、本稿執筆時点において、教育業界から同様の取り組みは話題に上りません。

出版不況と呼ばれる昨今、友好的(に見える)買収でメディアの成長を図ろうとするケースは割と珍しいように思います。

しばらくは「Newton」のブランド力を活かして出版を継続するものと思われますが、幅広い世代への一気通貫したメディアに進化するタイミングで、ブランド強化をどう展開するか、注視していきたいと思っています。


【POINT】

  • 科学系雑誌の中では「Newton」は圧倒的なプレゼンスを誇り、ビジュアルを含む良質なコンテンツ制作体制と他者よりも高い収益率は、民事再生中でも変わらない魅力だった
  • 少子高齢化による人口減少局面において一人当たりの子どもにかける教育費は増加傾向、Newtonと朝日新聞出版それぞれの思惑が合うM&Aとなった
  • Newtonのケイパビリティを得た朝日新聞出版は、「様々な年代層やセグメントをカバーできる科学メディア」として、より大規模なブランディングを行う可能性がある