大手不動産会社として名高い野村不動産ホールディングス(以下、「野村不動産」)。高価格帯マンション「PROUD」ブランドがよく知られていると思います。

不動産業界は動かす資金が大きく、金利や景気の影響を受けた時のインパクトも大きいことが特徴です。
また1990年代のバブル崩壊、2008年のリーマンショックなど、定期的に金融ショックが生じる背景もあって、事業安定性を高めることが常に経営課題となりますが、その方策の一つにブランディングが挙げられます。

なぜ事業安定性にブランディング(正確には”ブランド”)が寄与するかは後述しますが、多くの不動産会社が取り組む中、住宅系を除いて高い認知を獲得できたブランドは多くありません。
知られているのはららぽーと(三井不動産)、イオンモール(イオン)、ヒルズシリーズ(森ビル)あたりでしょうか。どれもその街を象徴するような大型再開発によってできた施設です。

それら大型施設と異なり、中規模ビルの領域で野村不動産の商品ブランド化が比較的うまく進んでいる印象があります。
オフィスや商業ビル、物流施設などアセットタイプごとにブランドをつくる戦略を採り、次第に存在感が増しているように感じます。

今回は野村不動産のアプローチに対して所感をお伝えさせていただきます。

さまざまなブランドビルを開発する野村不動産

マンションブランド「PROUD」に加えて、野村不動産では「GEMS(飲食ビル)」、「PMO(オフィスビル)」、「H1O(少人数向けサービスオフィス)」、「Landport(物流施設)」など、アセットタイプごとにブランド化を推進しています。

三井不動産・三菱地所・東急不動産などの大手競合企業も同様の取り組みを行いますが、野村不動産は他の大手と比べて中規模のオフィスや商業ビルへの取り組みが奏功しているように筆者には見えます。

MOTHERSは現在、最も話題性の高い飲食業態の一つに挙がる会社です。
https://www.mothersgroup.jp

レストランなどの外食店に対して、料理の美味しさだけでなく、スタッフの方々のホスピタリティや店内空間、食を囲んで人々が集う賑わいや熱気が集合体としての魅力になり、お店を好きになる。そんな経験をお持ちの方も多いと思います。
評価の高いレストランは食のクオリティを中心とした魅力づくりがとても上手で、その店一軒からビルや界隈、周辺の街の評判につながるケースもあります。

こうなると、もはや単なる飲食店というより食を軸としたクリエイティブ業態と言えます。
そのような専門性の高いプレーヤー(ここではMOTHERS)を、テナントではなくプロジェクトメンバーとして迎え入れ、魅力的な施設づくりのため共に検討を重ねた施設が、地元で話題と評判を呼んでいるのでしょう。

野村不動産はGEMSにおけるMOTHERSとのコラボレーションに限らず、他のアセットでも同様のアプローチを取り入れており、それも初期段階からチームに加えて検討を進めているようです。例えば、今や中規模オフィスビルの代表格である「PMO(Premium Midsize Office)」に関しても詳しい記録を見つけることができます。

—- (記事引用) —-

デザインの段階では、著名インテリア・デザイナーの飯島直樹氏に参画とデザイン監修を依頼。野村不動産建築部(一級建築士を数多く抱えていることも野村不動産の特徴と言われています)による設計管理業務とのコラボレーションを通じて生み出されたPMOは2025年春時点で約40棟が建築されるまでに至り、上質で統一感のあるビルブランドとしてマーケットに存在感を放っています。

デザイン会社をグループに入れて商品力強化を加速

野村不動産はまた、デザイン性に富んだ施設づくりと運営に定評があり、国内外で様々なデザイン賞を受賞していたUDS株式会社(以下、「UDS」)の株式を100%取得。
2023年末、事実上のグループ会社に迎え入れました。

UDSは「MUJI HOTEL」「キッザニア東京」をはじめ数多くの実績があり、施設開発力で差別化を図る野村不HDとの相乗効果を期待してのM&Aと考えられます。
https://www.nomura-re-hd.co.jp/cfiles/news/n2023122102348.pdf

すでに「PMO」シリーズのインテリアデザインや、ライフスタイルホテル「NOHGA HOTEL」などのプロジェクトで連携が見られる他、地域活性化事業への経験も活かし、空間設計に留まらない領域でプロジェクト協業が進展。顧客接点となる空間・アイテムのデザインに加えて、その上流概念となるコンセプト設定やホテル運営など、ユーザー価値を複合的に実現する上でデザインとコミュニケーションの力を活かしているように見えます。

このようなプロジェクトではマーケティング的視点が必要不可欠です。
・主要な顧客層の設定
・顧客に響く付加価値の設定

この2点を結びつけた商品開発が功を奏し、顧客との心理的な絆ができるレベルの支持を得ると、継続的な顧客・収益(利益)の獲得が可能となり、経済効果と資産価値の向上に繋がっていきます。
この方程式を構成するピースの一つにブランド化があり、その評価が続くことで事業基盤も安定化するのです。

デザインにリソースを多く割くことで投資額も増えがちですが、回収できるだけの収益が獲得できれば、そのプロセス自体が会社にとっての競争力になる
野村不動産はこの方向を進んでいます。

近年、利用者目線に基づく商品企画は当たり前となっていますが、その発想の根底にはマーケットインの視点が必要です。
デザインを生業とする組織にはこの発想が根付いていることが多く、プロダクトアウトで商品を提供し続けてきた企業との認識ギャップが多く予想されますが、徐々に落とし所が見えてくると利用者視点に立脚した商品づくりやインターフェースが商品クオリティに直結するようになり、デザインの貢献領域に気付かされるようになります。

野村不動産がUDSやMOTHERSをはじめとするクリエイティブ業態と連携できるということは、彼らにマーケットインの思考があり、クリエイティブな仕事を支える企業カルチャーが(競合他社と比べても大きな度量の下に)あるから、また自分たちと異なるカルチャーと能力を持つ提携先へのリスペクトがあるからなのかも知れません。
では、その姿勢はどう築いてこられたのか。正確な評論は難しいですが、次の記述がヒントになります。

—- (記事引用) —-

社史を見ると、2002年に自社開発の住宅商品を統一したブランド「PROUD」を発表しています。
「PROUD」シリーズの成功を経て、他のアセットにもブランドを意識した商品づくりが検討されてきたわけですが、その起点はバブル崩壊後の社内改革だったようです。
ここから野村不動産にマーケットイン発想という新たなDNAが加わったと言ってもよいように思います。

時期を同じくして1990年代〜2000年代は、不動産業界において外部のデザイン会社を起用するケースが定着しました。
その後2010年代以降は表層的なデザインだけでなく、ライフスタイル提案など、企画段階からの差別化を意識する傾向が生まれましたが、その背景にはデザイン思考や(プロダクトではなく)ソリューションビジネスへの傾倒があります。
この流れは現在に続いており、近年はサステナビリティやウェルビーイングが商品価値の対象に追加されたのは記憶に新しいところです。

不動産業界もこのような視点を持ち、各社が取り組みを進めるようになっています。その際に、顧客支持と収益をしっかり生む手段としてデザインをより良く活用する必要性は増していくと考えていますが、ここで大きな壁になるのは既存組織の理解がどこまで進み、柔軟性のある検討プロセスがどれだけ許容できるか、だと筆者は考えています。

組織ルーチンの発生が野村不動産のブランド・ケイパビリティとなった

—- (記事引用) —-

野村不動産の場合、先述したマーケットインの発想が社内に浸透したのだと推察しますが、これにより企画や設計などによる商品づくり・賃貸(又は販売)・施設管理のプロセスを営業主導で一貫性をもって推進できています。
顧客の利用局面に応じてフィードバックを貰って次の商品づくりに活用する、という供給して終わりではないスタイルを身につけたことで商品レベルの向上を図る仕組みもできているようで、相応の時間をかけて仕組み作りがなされて来たように思われます。

また、上記のレポートには続けて、PMOの開発に関して次のような整理がされています。(*レポートから主旨を引用したため、青文字で表現)


どれも、供給者目線の発想だけではできないプロセスです。
これらを組織的に行うことでPMOのブランド力・魅力を継続的に高めることができるようになり、他のアセットにもその仕組みが応用されているのではないでしょうか。

ブランドは魅力的な顧客接点の裏側に目に見えない「ブランドたらしめる力(=ブランド・ケイパビリティ)」があり、それが模倣困難であるほどブランドの競争力は維持が可能です。
野村不動産の場合、商品ブランドを作り上げる組織システムがそれにあたるように見えます。
競合する他社大手も調べていきたいと思いますが、バブル崩壊後の経営シフトから始まった体質改善的な取り組みが、その後の自社の競争力を育んだことが興味深いです。

また本稿では軽く触れるにとどめますが、同社では「野村不動産マスターファンド」というREITに開発物件を売却することで、自社の財務体質を軽くすると同時にキャッシュリッチな状態を生み、自らは管理運営に特化することでフィー収入を引き続き獲得するビジネスモデルを採っています。

—- (記事引用) —-

よく知られている話ですが、2014年に経済産業省から公表された伊藤レポートにおいて、日本企業は自己資本利益率(ROE)8%以上を最低限目指すべき、と書かれています。
これによって高い自己資本利益率化や株主還元方針を検討しやすくし、資本市場との関係強化や企業価値向上に動くための成長源となる資金調達を推進する狙いがあります。

野村不動産は「Life & Time Developer」と自らを定義づけて多くのアセット開発を行っていますが、特に「ソフト」の拡充を組織的に推し進めていることもあり、先述したブランドを組織的に創る能力を高めることで付加価値創造会社としての側面をより打ち出していくものと思われます。
また、スリムな財務体質と高い収益力を企業特性とすることで、資金調達と付加価値物件創出のサイクル強化を図り、「魅力のある不動産の提供」と「自社の企業価値向上」の両立を狙っているように見えます。

不動産会社は一見、取り組みが同じように受け取られがちですが、少し調べることで各社の違いが明確に理解できます。
野村不動産の場合も戦略には分かりやすさがあり、同時に競合他社とは異なる競争力がつくられてきたものと考えられます。
ブランドづくりに定評のある不動産会社と呼ばれる日は近いかもしれません。

【POINT】

  • 野村不動産HDは外部との積極連携によって、ビルのブランド化に比較的成功している
  • 1990年代のバブル崩壊で起業活動が危機的状況となったが、その結果マーケットイン発想が組織DNAとして根付いた
  • 商品企画から運用までの各段階を一貫して顧客満足の向上と次のプロジェクトに活かす組織体制が、継続的にブランドを創る源泉となっている