パタゴニア、モンベル、デサントなど、数あるアウトドア業態において国内トップランナーの一つと認知されるザ・ノース・フェイス(以下、ノース)。
ノースの日本事業を担う「ゴールドウイン」が、ブランディング拡充へ向けた取り組みを加速させています。
本稿では、ゴールドウインの今後の事業方向性に関して所感をお伝えさせていただきます。

アウトドア衣料「ザ・ノース・フェイス」を日本で販売するゴールドウインは31日、都立明治公園(東京・新宿)内に新型のアウトドア専門店を開業する。東京建物などが主導する、民間資金で公園整備を進める東京都のパークPFI(公募設置管理制度)事業に参画する。商品購入や自社ブランド向上につなげる。
ゴールドウインが開業するのは、アウトドア専門店「PLAY EARTH PARK WONDER STORE(プレイアースパーク・ワンダーストア)都立明治公園」。店舗は地上2階建てで、売り場面積は約120平方メートル。キャンプ用品やアウトドア衣料を中心に取りそろえる。
(中略)
ゴールドウインはブランド発信の場に活用できる公園の事業に力を入れている。26年には富山県南砺市で公園型の複合施設「PLAY EARTH PARK NATURING FOREST(プレイアースパーク・ネイチャリング・フォレスト)」を開業する計画だ。キャンプ場やレストランなどを併設する公園にする予定で、明治公園の店は同種ビジネスの収益性検証などに生かす狙いもある。
<日本経済新聞 2024年1月17日>

ゴールドウインの稼ぎ頭、ザ・ノース・フェイス

ノースはゴールドウインが1994年にアメリカ本社より日本・韓国の商標権を取得したブランドで、現在はその2カ国において独自に事業展開しています。

ノースに加えてヘリーハンセン(マリンスポーツ)、カンタベリー(ラガージャージ)、エレッセ(テニス)、ウールリッチなどのライセンスビジネスを手掛けていますが、中でもノースは全体売上の約7割を支える大黒柱。直近10年間は売上高・純利益・株式時価総額などを見ても成長著しく、特に2019年度を境に数字が大きく飛躍しています。

*「売上高・販管費及び一般管理費」「営業利益・純利益」に関するグラフはいずれもゴールドウイン社有価証券報告書の数値を基に筆者作成
*「株式時価総額」に関するグラフはIR BANKの数値を基に筆者作成


ノースは”CORE & MORE”と称した戦略を通じて、「パフォーマンス(専門的ユーザー向け)」「ライフスタイル」「ファッション」の三つの切口でアイテムを拡充し、大きく成長しました。
専門的ユーザーの需要に応える(CORE)一方、日常的かつ季節要因なく利用できるアイテムへの進出(MORE)によって顧客層の幅を広げ、2006年ごろから直営店の展開を加速。今では人気ブランドとして賑わいを見せています。

直営店の増加に伴い、
・需要予測精度の向上( → 返品・値引きの削減に寄与)
・調達手法の改善( → 原価率の低減に寄与)
・在庫の総量規制と回転率向上( → 営業利益の改善に寄与)
を図り、少ない在庫で大きな売上を獲得するオペレーション施策を確立。
これがゴールドウイン全体の事業成績にも貢献します。

2023年3月期時点で、販売ロス率1.5%、売上1,150億円、営業利益219億円、ROE(自己資本利益率)29.3%を弾き出し、ゴールドウインは競合他社と比べても筋肉質な企業体へと進化しました。
昨年、東京証券取引所が「PBR(株価純資産倍率)1.0倍からの脱却」へ向けた改善策を開示・実行するよう上場企業へ要請した中においても、既にPBR 7倍と高い実績を誇り、資本市場においても安定企業として評価されています。

ゴールドウインが抱えるジレンマ

業績が好調な一方、ゴールドウインがノースを展開できるマーケットは(商標権を保有する)日本・韓国に留まります。
企業として更なる成長軌道を目指すためにはノースと双璧を成す新しい収益の柱をつくり、それによって自由度の高いビジネスを展開する必要があります。
(その目的のために、新たに育成中なのが「GOLDWIN」という社名を冠したブランドです。)

また現在、アパレル業界は市場規模が縮小傾向にあると言われています。
自動車業界と同レベルと言われるCO2排出量への対策などからGX(グリーントランスフォーメーション)へのシフトも指摘されていますが、その対策に必要な資本力を持つ企業は限られており、資本面で余力の限られる中小アパレルを大手企業がM&Aを行うなど合従連衡が予想される状況です。
さらに近年では人権配慮や製品使用後の廃棄対策など、サプライチェーンを対象とした論点でも説明責任が求められ、ガバナンスレベルの向上も課題となりました。

アウトドアブランドに関しては、環境に配慮したスタンスや透明性を意識した情報開示、また耐久性やリペア交換性などの機能も評価されていますが、その優れた品質によって買換え需要が制限されやすく、売上拡大によって成長を続けるサイクルには馴染まないジレンマがあります。

同業他社にはないゴールドウインの特徴

ここで、ゴールドウインが成長してきた要因を端的に見直してみると、先に述べた「少ない在庫で大きな売上を獲得するオペレーション力」に加えて、ヘリーハンセンやカンタベリー等のライセンス事業で得た「ポートフォリオ経営の知見」、そして「モノづくりを重視する体制」、後述しますが「事業領域を自ら拡げる発想とエネルギー」なのではないか、と筆者は考えています。

モノづくりに関しては、
GOLDWIN TECH LAB.
 例えば、人工気象室では-30度〜+50度までの温度管理や200㎖の降雨実験を通じて、実際にウエアを着た状
 態でパフォーマンス計測や製品検査を実施

商品企画
 宇宙下着の技術を応用して汗と臭いを低減できる素材を採用したアンダーウェアを開発

新素材開発
 バイオベンチャーSpiber社と協働で、新素材「ブリュード・プロテイン(原料を石油などの化石資源に依存せ
 ず、植物由来の糖類を原料に、微生物発酵プロセスを経てつくられる次世代型コットン)を開発

など、実用的かつ未来志向の試みが多く、無形資産とした活用できるノウハウも蓄積しているものと思われます。

歴史を振り返ると、ゴールドウインは1950年に「津澤メリヤス製造所」として創業。登山用ソックスが評価されるなどの経緯を経て、1964年の東京オリンピックでは製品が競技用ユニフォームに採用されます。
目に見えるところは誰でも気をつける。しかし見えないところに細心の注意を払うのがメーカーの良心だ。」という創業者 西田東作氏の考えが、ゴールドウインの機能性重視のモノづくりの基本として継承されており、その強いこだわりを持ち続けてきたことが想像できます。

公園を舞台にしたブランディングの真意

冒頭の引用記事にある通り、ゴールドウインは公園での事業を通じてブランディングに力を入れだしています。
それは、どのような意図からでしょうか。
少し前の記事になりますが、ゴールドウインの渡辺貴生社長によるコメントを見つけました。

会社の創業の地である富山で、「プレイアースパーク」と名付けた体験型自然パークを建設する。今、その用地の選定をしている最中で、2025年度末までの完成を目指している。これはかなりの資金を投じる一大プロジェクトになる。
(中略)
このプロジェクトが事業として成立できたら、ほかの地域にも展開できる。日本には国立公園が34カ所ある。それをもっとみんなに知ってもらいたいし、大切にしてもらいたい。そういう願いも込めて、全国の国立公園のある場所に同じようなプレイアースパークを作れたらと思っている。
<東洋経済ONLINE 2022年3月13日>

「プレイアース = PLAY EARTH(地球と遊ぶ)」とは長期ビジョンで掲げられた事業コンセプトで、次世代の育成や環境問題の改善を重要な経営課題として企業活動に取り組み、「モノづくりだけでなく、街づくり、人づくり、環境づくりを構想していくこと」とあります。

そこでは、近年シームレスになったファッションとアウトドアの双方が軸足を置くアパレル事業の持続性を目指す言及もあり、その手段としてテクノロジーを軸とした環境配慮型の素材や、ライフスタイルに軸足を置いたデザインを進めることも示されています。

またゴールドウインは、山梨県北杜市や北海道斜里町など、いくつかの自治体と地域活性化に関する包括連携協定を結んでいます。

https://corp.goldwin.co.jp/info/page-25996
https://corp.goldwin.co.jp/info/page-28842
https://corp.goldwin.co.jp/info/page-30803
https://corp.goldwin.co.jp/info/page-31259


国立公園をフィールドにした取り組みからは、生活者に加えて、自治体や自然資源という新しいステークホルダーを対象に具体的な事業を進めていること、この取組み自体がアウトドアファッションに限らず観光へと繋がっていくことなど、より幅を広げた事業領域を設定し、将来へ向けたポジションを築こうとしているのが分かります。

冒頭にご紹介した明治公園での取組みもこの先鞭的位置付けと思われますし、2024年5月には近くに本社を移転するようなので、文字通りお膝元でマーケティングを行うように思えます。

https://corp.goldwin.co.jp/info/page-31339

ここまでで察しがつくかもしれませんが、ゴールドウインは、モノづくりへのこだわりを軸に持つ会社ながら、ビジネスを通じて社会を進化させていく姿勢がとても伝わりやすい企業であることが分かります。

社名を冠した「GOLDWIN」のブランディングでは、ノースの成功法則を活用し、スケールアップされた事業領域でチャレンジされるものと推測しますが、ここに必要なのは正に巧みなストーリー構築とクリエイティブであり、地球を守り自然と共存するライフスタイルをどのような切口で伝えてくるか、一ユーザーとしても期待感を持っています。

サステナビリティが今よりも社会に浸透する時には、ゴールドウインの新たな取り組みにもトラックレコードが出来、良い意味で異なる評価をマーケットから受けているかもしれません。
また同時に、アウトドアに携わる企業も新たなビジネスを行いやすくなっているかもしれません。

それだけの期待感を、ゴールドウインからは感じることができます。

【POINT】

  • ゴールドウインは成長著しいが、展開可能な地域が限られているノースフェイスに加えて、新たな収益の柱を育てる必要がある
  • 直営店で獲得したオペレーション力やポートフォリオ経営、実用的で未来志向のモノづくり体制、ビジネスを通じた社会への情報発信が巧みなことなど、強みが多面的である
  • 自治体や国立公園をフィールドにした新たな事業展開は、ゴールドウインのポジショニングを新たにすると同時にアウトドアマーケットも再定義する可能性があり、それによって自社と社会の両方を進化させようとしている