福井県鯖江市は、世界的に有名な眼鏡製造地として知られています。
その中でも影響力のある製造会社の一つとして知られる「金子眼鏡」が自社を基盤とするホールディングス会社での上場(IPO)を発表しました。

福井県鯖江市でメガネの卸販売として創業した金子眼鏡(鯖江市)を基盤とするジャパン・アイウェア・ホールディングス(JEH)が、東証スタンダード市場に上場した。鯖江市発の企業として初めての上場となる。「悲願」(金子真也社長)の上場を機に海外展開に弾みをつけ、後継者不足で疲弊する鯖江市のメガネ産業の再興を狙う。
(中略)
世界的には新興国の経済成長や電子機器の浸透などでメガネ市場の成長余地は大きく、23年4月に上海で出店した中国1号店も若い顧客を多く取り込むなど好調に推移している。金子社長は「海外売上高比率は早期に50%以上へ高める」と述べ、上場による資金調達で海外展開を加速させる考えだ。
<日経MJ 2023年12月1日>

低価格眼鏡の影響を受ける「技術の鯖江」

福井県の眼鏡産業は1905年、増永五左衛門という人物が北陸地方で慣習となっていた冬季出稼ぎに代わる生業の定着と経済活性を目的に、眼鏡工場(後の増永眼鏡)を設立したことが始まりと言われています。

眼鏡の製造工程は「フレーム」「フレーム部品」「レンズ」「それらの加工」に大きく分けられますが、福井県(特に鯖江市)はフレームにおいて国内生産量の約9割を占める一大地場産業地であり、また世界3大産地の1つと言われています。

(世界3大産地はそれぞれ特徴があり、「デザインとブランド力のイタリア(主にベネト州北部ベッルーノ地域)」「低コスト&大量生産の中国(主に深圳・東莞地域)」「高い技術力の鯖江」とされています。)

世界に誇る技術力が売りの鯖江ですが、フレーム製造は多くが手作業、工程は約200に及ぶ複雑さで、市内にわたり分業体制による産業クラスターが形成されている反面、生産者の大半は小規模事業者であり、次世代への技術伝承や大規模な量産体制が取れないなど、品質の再現性や収益拡大を図る上ではハードルが存在していました。

また近年は、中国のコスト競争力を活かした成長が目覚ましく、低価格眼鏡の普及が加速。その影響は手工業が多勢の産業集積地であった鯖江にも及び、マーケットシェアを奪われるだけでなく、高齢化を要因とした後継者問題も深刻化。眼鏡製造地としての将来性が懸念されるほどになります。

もともと鯖江市の製造業者はOEM生産を担う所が多く、直販機能を持たずに産地の卸問屋に販売を依拠するケースが多かったこと、また価格交渉力が乏しいため技術力に見合った対価を設定しにくいなどの状況から、低価格商品が席巻する中で付加価値を訴求するには困難が伴ったものと思われます。

鯖江に利益が残る産業構造づくり

ここで国内の眼鏡市場環境を確認すると、1990年代の約6,000億円をピークに減少の一途を辿り、近年は約4,000億円前後の水準が続いています(*眼鏡光学出版社調べ)。

また福井銀行と日本政策投資銀行北陸支店による共同調査では、2013年から2020年にかけて、国内売上高ベースで単価1万円未満のシェアが13%→24%(販売本数では29%→50%)、3万円以上のシェアが14%→34%(販売本数では7%→14%)に揃って上昇するなど、低価格帯と高価格帯の2極化が進んでいると書かれています。

https://www.fukuibank.co.jp/press/2022/report_dbj_sabae.pdf

鯖江市を取り巻く最近の動きとしては、国内の大手眼鏡製造小売業が鯖江のメーカーを買収、資本傘下の形態を取り、直接生産する形で参入する動きが進むほか、世界最大の眼鏡メーカー「LUXOTTICA GROUP SPA(イタリア)」による地元企業への資本参加、鯖江市内での拠点設立(工場・R&D・ショールーム機能)など、鯖江の技術力を取り込む動きがあります。

この動き自体は製造者の技術力に対する評価とも受け取れ、歓迎すべき事象である一方、地場産業に対する経営支援の側面も感じられます。

どのような展開であれ鯖江の製造業者に(高付加価値に相応しい)利益が残る構造づくりは課題であり、後継者不足・従業員不足も併せて眼鏡製造地としての将来性も視野に入れた議論が行われていると推察します。

先の福井銀行と日本政策投資銀行北陸支店による共同調査でも端的に次のような指摘がなされており、解決を要する事項は広い範囲に及んでいます。

・(価値が明確化されていないことによる)価格交渉力の弱さ
・品質に見合った単価設定の難しさ
・量産能力の強化
・小売と消費者との繋がりの弱さ
・女性需要の開拓
・市の財源が限定的

そして、「鯖江の眼鏡関連会社がマーケティング方法について共有したり、製造設備の共有・各工程を集約するための『』を創り出すこと」「こうした『場』を産地の各種取り組みの旗振り役として活用すること」「資金支援やプロモーション等の点で、『場』と行政・金融機関等との連携」などの提言を行なっています。

金子眼鏡のIPOの狙い

低価格眼鏡が市場を席巻する中、国内でもデザインから出荷までの全工程を一貫生産し、付加価値の高いモノづくりをハンドリングする体制を整えたメーカーが徐々に登場。

金子眼鏡もその先駆者の一つとして認知されています。

モノづくりの現場を実際に持つことでその世界観を直営店に落とし込み、ユーザーに直接アピールすることを通じて付加価値を可視化させた金子眼鏡の店舗と製品は、海外ではジャパンブランドの一つとして評価されています。

金子眼鏡のブランド力を支える実質的な力(ブランドケイパビリティ)は、業界では稀少である「一気通貫した製造体制」に加えて、デザインやマーケティングを活かした「魅力的な顧客接点づくり」にあると考えられます。(技術に裏付けされた特許や商標権もあるかも知れません)

今回のIPOは、これらケイパビリティに対して評価を得られる『場』を資本市場に求め、ジャパンブランドとして海外展開を行うための機会獲得を図ったものと思われます。

今回ここに記さなかった内容も含めて、鯖江の眼鏡産業に関していろいろとリサーチしましたが、鯖江の眼鏡メーカー各社は個々に展開する戦略も多様化しており、それぞれが地域を担うべく様々な取り組みに着手している印象を受けます。

これらはすべて補完関係にあり、結果的には地域経済をより良く回し、人材を確保し、鯖江の産業継続を叶え、さらには新たな成長を視野に入れていると考えられます。

IPO時とは異なりますが、金子社長のコメントに印象的なものがあります。

—- 

鯖江という産地がなくなると自分達がこれまで築いてきたブランディングが崩壊すると思いますし、この街に投資しなければならないとの使命感を持っています。
https://www.nihon-ma.co.jp/page/interview/kanekooptical/

—- 

まずは各社それぞれの取り組みが功を奏することで、いずれ地域にもシナジーが生まれる、その段階までは各社がハンドリングを行って成長を目指すのだろうと推察していますし、今後のフェーズで各社がどのように地域と向き合うか、期待していきたいと思います。

【POINT】

  • 世界3大産地の一つと言われる鯖江の眼鏡産業は、収益構造改善を起こしにくいジレンマに加えて、中国のコスト競争力に翻弄され、産業自体の将来性が懸念されている
  • 低価格化と高価格化に2極化される眼鏡市場において、鯖江は国内外の大手資本と提携する動きもあるが、市内の製造者に利益が残る構造づくりが課題
  • 金子眼鏡のIPOは海外成長を通じて地元に再投資するためのシナリオであり、資本市場へのアプローチを通じて自らのケイパビリティ強化を図るものである