2023年11月24日、森ビルがプロデュースした「麻布台ヒルズ」がオープンしました。
約8.1ha(2.4万坪)の広大な敷地にレジデンス、オフィス、ラグジュアリーブランドから日用品までの店舗、ホテル、インターナショナルスクール、大学と連携した医療機関など、様々な施設が入り、「Green & Wellness」というコンセプトに因み、庭園広場やパブリックアート、ミュージアムも用意された複合施設となっています。
麻布台ヒルズHP
https://www.azabudai-hills.com/index.html
麻布台ヒルズの施設面での紹介は多くのメディアが行なっているので、そちらにお任せして、本稿では「ヒルズ」シリーズを展開する森ビルを、ブランディングの観点から見てみたいと思います。
都市づくりをブランドの主軸に置く森ビル
森ビルは、「アークヒルズ」「六本木ヒルズ」「虎ノ門ヒルズ」など、数々の「ヒルズ」プロジェクトで東京都港区周辺に大型の複合施設を開発・運営してきました。
その根底にある考え方は「都市を創り、育む」です。
1986年のアークヒルズ開業以来、森ビルは「ヒルズ」というブランドネームを用いて多機能な高層都市開発を事業の主軸に置いています。
これは1960年代の高度成長以降、無秩序に広がり続ける街並みが都市機能や生活環境に不都合をもたらすことを憂慮し、住宅や店舗などの都市機能をインフラごと垂直方向に積み上げることで、周辺には広い緑地や公共機能を配置し、移動時間の少ないコンパクトな街をつくろうとするものです。
垂直に積み上がった施設には住居だけでなく、店舗、オフィス、ホテル、ミュージアム、病院、学校、公園、もちろん地下鉄の駅など、都市生活をおくる上で必要なインフラが装備されると共に、自然に囲まれた快適な生活環境が整えられることになります。
これによって、知識創造社会や高齢化社会に対応した街づくりができるという考えです。
この背景には、経済・文化・生活・環境それぞれを良質に共存させる方法として「都市」をテーマにしていることが挙げられます。
森ビルのHPを見ると、「森ビルの都市づくり」というコンテンツがあります。
https://www.mori.co.jp/urban_design/
そこには、「世界経済危機克服後の世界にキャッチアップし、日本の復権を図るためにも、抜本的な首都改造は不可欠です。そのためにはビジョンと戦略、都市モデルが必要であり、森ビルの存在意義(レゾンデートル)もそこにあります。」と書かれており、世界有数の大都市の一つである東京をより魅力的な街に育てることで、人や資本をさらに呼び込む、競争力の高い国際都市へと育て上げることをミッションとしています。
ブランドに説得力をもたらす取り組み
以前から、「街づくり」を事業の一つに据える大手デベロッパーは一定数あり、電鉄系デベロッパーが沿線開発の一環で行う街づくり、また大手デベロッパーによる大規模商業施設を軸とした複合開発なども見られますが、その中でも森ビルの存在感は目立つものがあります。
街ではなく、都市をつくるという視点からはスケールの大きさを感じますが、ヒルズシリーズに見られる”都市そのものを創る”アプローチは他社の追随を許さず、また新しいヒルズが登場するたびにグレードアップしているように見受けられます。
これだけの敷地を確保するだけでも相当な時間とエネルギーが必要なはずで、華やかな世界づくりの裏には、並行して地道かつ終わりの見えない仕事がずっと続いている印象を受けます。
森ビルには、関連グループの森記念財団都市戦略研究所が毎年発表する「世界の都市総合力ランキング」があります。
http://mori-m-foundation.or.jp/wordpress/ius
国際的な都市間競争において、人や企業を惹きつける“磁力”は、その都市が有する総合的な力によって生み出されるという考えの元、世界の主要都市の「総合力」を、”経済” ”研究・開発” “文化・交流” “居住” “環境” “交通・アクセス” の6分野70指標をベースに集計、また「経営者」「研究者」「アーティスト」「観光客」「生活者」という現代の都市活動を牽引するといわれる5者の視点などを取り入れて、複眼的に評価し、ランク付けしたものです。
2023年は、世界の主要48都市を対象に評価・ランキングが行われ、1位ロンドン、2位ニューヨーク、3位東京、4位パリ、5位シンガポールと発表されました。
この上位5都市のランキングは8年連続で変動がありません。
東京に関して言えば総合力はトップクラスである一方、1位にランクインした分野が一つもない(都市としてのユニークな強みが見えない)こと、また指標ごとで見ると”金融” “ナイトライフの充実度” “働き方の柔軟性” “ICT環境の充実度” “賃金水準” などがランクを下げており、これらが今後の成長のための条件と指摘されています。
このレポートは2008年から毎年発表されていますが、単に世界の都市ポテンシャルを評価するだけでなく、都市づくりを標榜する森ビルの広報的側面においても大きい役割を果たしていると考えています。
自ら世界規模で都市力調査を行える体制を有していることは、森ビルのBrand Capability(ブランドを支える実質的な力)であり、「ヒルズ」ブランドを強化していく上で大きな説得力に繋がっていると思われるからです。
都市を創るだけでなく、新たな資本を呼び込むブランド活動を展開
森ビルの関連会社には森ヒルズリート投資法人(以下、森ヒルズリート)があります。
森ビルが開発・運営した施設の一部は運営実績が蓄積されると森ヒルズリートに売却され、リート(不動産投資信託)商品として運用されます。
リートには経済性や遵法性などの面で厳しい取得基準があるため、リートが投資家から資金を集めて取得した物件は社会的にも安全性が高く、確かなリターンを獲得できる資産として運用されていきます。
森ヒルズリートの基本理念は「Investment in the city 〜『都市』への投資」です。
国内の数多いリートの中でも「都市」の競争力・価値創造力に着目し、「都市」への集中投資を行うことで成長し、運用資産の収益性とその資産価値のさらなる向上を目指す、とHPにあります。
https://www.mori-hills-reit.co.jp/outline/basic_policy/tabid/101/Default.aspx
これは、当然ながら森ビルのミッションと呼応しています。
森ビルが都市型複合施設「ヒルズ」ブランドを開発し、運営が安定した後に森リートへ移して投資運用商品として運用する。
都市の競争力を高めるために、この流れで資本を集める流れをつくっています。
また、どのような都市をつくるかについての課題は「世界の都市総合力ランキング」のリサーチで可視化させることで、創るべき都市のあり方を見定めていく。
他のリートや売却先では、このビジョンが薄まってしまい、施設に期待した役割を担うことができなくなるリスクもあります。
都市(特に東京)に必要な要素をリサーチし(世界都市力ランキング)、それを実際に開発し(森ビル)、トラックレコードが溜まった時点でリートに移して新たな資本を呼び込む(森ヒルズリート)。
この一連の流れを自社グループ内でできていることが、ヒルズブランドひいては森ビルの存在価値を強めています。
森ビル自体も開発にとどまらず、研究機関や大学、企業との連携を通じた実証実験・共同研究を推進し、また美術館やホテルの運営も行うなど、ソフトの価値創出に関しても現場を持って臨むことで経験値を高めています。
このような観点から、森ビル(そしてグループ組織)はビジョンを遂行するための取り組みを実業でカタチにしていく有言実行型のブランディング・カンパニーと言えます。
数あるデベロッパーの中でも、世界都市としての東京をつくる、という気概を持つ会社は他に見当たりません。
本稿ではヒルズ物件を具体的に評価することは行いませんが、森ビルのダイナミックな取り組みは独創性が高く毎回好奇心を覚えるものですし、そのブランドをつくるための組織体が機能し合っている点においても、ミッションドリブンの会社であることが確認できると考えています。
【POINT】
- 森ビルは、世界における都市力強化を目指して、事業そしてブランディング活動の主軸に「都市づくり」を置いている
- 2008年から継続しているリサーチ「世界の都市力総合ランキング」を通じて、都市づくりの説得性が強化されていると同時に、森ビル自体のブランディングにも寄与している
- グループ会社のリートへ譲渡することで森ビルの事業戦略を継承する他、都市力向上に繋がるような資本調達にも寄与している