変化する出版ブランド(2)地球の歩き方

書籍・雑誌・新聞はおよそ20年以上前から販売額の減少が続いており、その結果、出版業界の低迷に繋がっていると言われています。近年は電子出版の売上が増加傾向ではあるものの、業界全体の流れは楽観的とは言えなさそうです。

そんな中、今秋には旅行ガイドブック「るるぶ」「地球の歩き方」、そして科学雑誌「ニュートン」の動きが立て続けに紹介されました。 今回は(1)に続き、「地球の歩き方」にフォーカスして所感をお伝えさせていただきます。

新しいガイドブックのあり方を模索しているのは他社も同様だ。
「4万部売れれば上々」と言われるなか、17万部(23年7月時点)の異例のヒットを記録したガイドブックがある。
22年7月に地球の歩き方が発売した「地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険」だ。
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の第1〜8部で舞台となった英国やイタリア、漫画に登場する「杜王町」の舞台となった仙台市など国内外の地域の情報を、漫画の場面を掲載しながら紹介。作者の荒木飛呂彦さんのインタビューも掲載した。
<日経MJ  2023年10月4日>


コロナ禍に保有会社が交代

地球の歩き方は1979年に創刊されましたが、2021年、それまで40年以上保有していた出版社が学研ホールディングス(HD)に事業譲渡しました。
コロナ禍で海外旅行需要がなくなり、事業継続が難しいと判断されたためです。

「るるぶ」と同様、ここにも新型コロナウイルスの影響が強くあったわけです。
コロナ禍という先行きが分からない事態に国中が戸惑っている中、さらに保有会社が変わることで、社員の皆さんはさらに不安を感じられたのではないかと思います。
新社長に就いた学研出身の方が最初の挨拶で、「あなた方は、学研に吸収合併されたのではなくて、地球の歩き方として独立されたのです。ブランド価値、強みや誇りをじっくり考えてみませんか。」と話されたことから、コロナ禍の時間を活かして自社の魅力を振り返る作業が始まりました。


手持ちの情報を活用した、別コンテンツとのコラボがヒット

観光案内だけでなく、マナーや文化、さらには歴史までを網羅した地球の歩き方の価値は、新たな世界に出逢いたい人々を、正確な情報でサポートすることー。そう定義すると、対象は必ずしも海外旅行に限らないことに気づく。
<日経ビジネス2023.11.6>

地球の歩き方は、1979年の創刊以来、世界各地を紹介する旅行ガイドブックが計100タイトル以上販売されているそうです。
上記で紹介したコラボは、これまでガイドブックを制作するために蓄えてきた世界各地のコンテンツを別のテーマで編集することにより、新たな魅力を持つガイドブックに作り直したと言えます。(もちろん、時代に即したアップデートはされていると思います)

同社にとって初のコラボ先はオカルト雑誌「月刊ムー」だ。22年2月に発売したコラボ本は13万部を超え、ジョジョとのコラボ本にも弾みをつけた。「1年以内に新たなコラボ本を3〜4冊は出したい」(地球の歩き方)と意気込む。<日経MJ  2023年10月4日>

ジョジョの例は大変分かりやすく、そして連想しやすいのですが、日本には海外ファンも多い漫画作品が多数あります。それらのシーンに出てきた場所を繋げて紹介するだけでも「聖地巡礼ガイド」として、多くのコアなファンに訴求できるポテンシャルがありそうです。

自分たちのブランドを「新たな世界に出逢いたい人々を、正確な情報でサポートすること」と考えると、これまでに蓄えてきたコンテンツストックには賞味期限がなかったのかもしれない、と考えるようになります。
そして、ビジネスの面でもうまみが増します。
コンテンツをアセット(資産)としてみた場合、同じコンテンツで二度三度と稼げるようになり、労働集約型の出版業務の中で資産回転型のビジネスを可能にした一例と言えます。


ブランドを支えてきた既存コンテンツで何度も稼ぐ、
新たなビジネスモデル

コロナ禍が終息しても、また新たなパンデミックが起こるかもしれない。海外旅行ガイドブックの一本足打法ではなく、国内や他コンテンツとのコラボ、グッズや食品といったライセンス商品など、ブランドを最大限に活用したビジネスモデルへと踏み出した。
例えば、情報を地域別ではなく、グルメなどテーマごとに再構成した「旅の図鑑」シリーズ。100以上のアイデアが現場の社員から出され、30冊が形になった。
<日経ビジネス2023.11.6>

実際に「旅の図鑑」のタイトルを見てみると「いつか旅してみたい 世界の美しい古都」「世界の魅力的な道178選」「世界の麺図鑑」など、興味深いタイトルが並び、もはや競合は旅行情報誌ではなくライフスタイル雑誌なのでは、と思わせるほどの訴求力を感じます。
しかも、もともと「旅」を語ったら一流の専門チームであり、長年の歴史に裏打ちされた情報量は簡単に模倣できないものがあります。

地球の歩き方は、これまでブランドを支えてきたコンテンツを新たなテーマでコラボ・再編集することで、新たな魅力を身に纏い始めたのです。
そして、このチャレンジが奏功した時、地球の歩き方は自らのコンテンツを資産として効率良く稼ぐことのできるメディアブランドになっているかもしれません。

現在の保有企業である学研ホールディングスは、教育と医療福祉を事業ドメインとしており、グループ戦略2025には今後の展望が記されています。

https://www.gakken.co.jp/ja/ir/management/strategy/main/0/teaserItems1/00/linkList/0/link/Gakken_manageplan_2023.pdf

地球の歩き方のようなビジネスは「教育」の中の「出版コンテンツ事業」、中でもリカレント&リスキリングを軸としたサービスコンテンツとして位置付けられています。
コンテンツのデジタル化、また海外事業展開との連携が想像できますが、事業環境と機会が整えば海外顧客も視野に入れた事業展開が拓けるかもしれない、と一人のユーザー目線で期待しています。


【POINT】

  • 地球の歩き方は、これまでに蓄えてきた世界の旅行情報を別のテーマで再編集することで従来の旅行情報誌とは異なるヒット商品を生むようになった
  • 新たな世界に出逢いたい人々を、正確な情報でサポートすること」と自らのブランド価値を再認識、この発想でガイドブックの可能性を開拓していく見込み
  • 同じコンテンツで繰り返し稼ぐことができるようになり、コンテンツを資産として活用したストックビジネスに活路を見出しつつある